【紹介】藤原聖子編『日本人無宗教説ーその歴史から見えるもの』(筑摩書房、2023年)

 藤原聖子編『日本人無宗教説ーその歴史から見えるもの』(筑摩書房、2023年)が出版された。各章は東京大学宗教学研究室のメンバーで書かれており、共著という形になっている。

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 本書の構成は以下の通り。

はじめに 藤原聖子

第一章 無宗教だと文明化に影響?―幕末~明治期 木村悠之介

第二章 無宗教だと国力低下?―大正~昭和初期 坪井俊樹

第三章 無宗教だと残虐に?―終戦直後~1950年代 藤原聖子

第四章 実は無宗教ではない?―1960~70年代 木村悠之介

第五章 「無宗教じゃないなら何?」から「私、宗教には関係ありません」に―1980~90年代 和田理恵

第六章 「無宗教の方が平和」から「無宗教川柳」まで―2000~2020年 稲村めぐみ

おわりに 藤原聖子


「はじめに」で示されているのは、日本人無宗教説に関する3類型で、本書のなかで一貫して参照される。それは①欠落型、②充足型、③独自宗教説の三つ。類型を示すことで研究の軸を示し、読者も絶えず類型の妥当性を検証しながら読み進めることができる。

 まず特筆すべきは、本書が成立した事情と執筆形式についてである。本書は2020年度の秋学期に行われたゼミから始まっている。院生だけではなく学部生も参加できるゼミであり、学部生も本書の成立に貢献している。本書の出版に先立って、ゼミの成果は「日本人無宗教論の系譜」『東京大学宗教学年報』第39号、2022年、153–181頁に「研究ノート」としてまとめられている(リンクは下記)。本書はゼミと研究ノートの集大成として出版された。

https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/records/2005615

 人文学の領域における共著本は日本語外国語文献問わずたくさんあるが、最初(と最後)の章で全体を見通しつつも、中の諸章はやや連続性に欠け、個別事例の検討に終始してしまうことが多い。しかし本書は分担執筆されている諸章にも連続性があって一つの総体を為している。執筆者が同じ研究室に所属していて、やりとりをしやすいことも大きな要因であろうが、人文学における共著本の可能性を示していると言えよう。

 全体を通して読み進めると、三つの類型は全く離れた地点にポツン、ポツンとあるようなものではなく、隣接し合っていて同じ論者でも一方から他方に変わっていくこともしばしばであることがわかった。この類型自体はさらに問い直され、深化していくことになるとは思うが、読解の助けになる。

 例えば③独自宗教説についてだが、「日本人は無宗教ではなく、実は〇〇教(日本教?)である」といった言説は、すでに「日本人無宗教説」からは飛び出したものではないだろうか。なんらかの日本人論を語りたいという点では①②とも土台を等しくしているが、すでにそれは「無宗教説」とは呼べないものかもしれない。しかし、このことはさらなる研究のきっかけになると考える。「日本の宗教への語り」へと対象を広げ、もっと裾野の広い研究が展開できるのではないかと思う。

 個人的に少しもったいないと感じるのは書名である。『日本人無宗教説』とだけ見れば、「日本人は無宗教である!」と論じる書籍であると受け取られかねない。『日本人無宗教説ーその歴史から見えるもの』と副題込みで表記すると誤解を減ずることもできるが、それでも完全ではない。最初に出した『東京大学宗教学年報』の研究ノートのように、「〜の系譜」を加えた方がよかったのではないかと思う。ミスリーディングであることを織り込み済みで、あえてこの題にしたのかもしれないとも考えたが、流石に推測の域を出ない。

 日本人無宗教説の系譜が辿られ、いずれの時代も日本人のアイデンティティ問題と結びついていることが明らかにされた。ここで生じる問いは「では日本(人)の宗教(性)についてどのように語るか」である。もちろんこの問いは本書の目標とする領域を越えている。日本人が無宗教かどうかについては判断を保留すると冒頭で宣言されているからである。

 最終章「おわりに」(藤原聖子担当)では、この問い自体もそのままナイーヴには成立し得ない事情が示されている。「宗教性」を問うときに、そもそも「宗教」がいかなる手垢もついていない概念ではないからである。

 となると、宗教学の人間として、日本の宗教について周囲の人に尋ねられた時になんと答えたらいいのかいつも悩んでしまう。このような話をしても、きつねにつままれたような気分にさせてしまうだけではないか、と自問自答する。しかし「日本人は無宗教だ」という広く受け入れられている宗教概念を掘り崩してみるだけでも、十分に有意義な会話ができるとも感じている。新たな、そして知的に誠実な宗教理解のためにも、多くの人に手にとって欲しい一冊である。


安倍晋三が射殺されたあとに書いたものがあるので、ついでに、ここにも貼っておく。

desiderium sinus cordis

Josh K. の勉強・研究で共有したいことや考えたことを書きます。宗教学、古代キリスト教とか。そんな長く書けないですが。